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10月26日

イベント「ハピネス:アートに見る幸福への鍵」

森美術館開館記念展に行って来た。
全体的な感想として、
見る側に主催者側の気負いを感じさせないのがよかった。
メインの絵画を用意して「これがメインです」という展覧会も
「有名な絵画を見れてよかった」と楽しめるのだが、
展覧会全体としてはその絵画だけ浮きがちになる。
そうした感じはなかった。
順路の中で作品ごとにほどよい距離感がある。
日本画の次に西洋画が来たりしていても、
描かれている風景が山岳で共通していたり、
さほど突飛な印象を与えていない。
展覧会全体としてはいろいろな展示を
ちょっとずつ見る感じ。
古代中世の石像から現代のインスタレーションまで。
幅広い作品を取り上げてるだけに
アーティストの出身国、国籍を書いてほしいと思った。
国籍等から先入感を持たずに
作品を見てほしいという意図なのだろうか。
作者のバックボーンがそこから感じ取れるのだが。
気に入ったのを2つ挙げる。
Bridget Rileyの"AUBADE"(朝の歌)。
波線たちが斜めに並行に引かれたやや幾何学的な作品で
その斜線によって、絵全体が揺らいでる感じを受ける。
その揺らいだ感じが見ていて何とも心地よい。
幾何学的な作品は格子模様や真円に私たちは慣れていると思う。
これらのカッチリした安心感もいいのだが、
堅苦しさの抜けた斜線のファジーな感じは新鮮だった。
もう一つはRene Clairの"ENTR'ACTE/INTERLUDE"(幕間)。
こちらは1924年のフランス映画。
踊り子のアップのシーンでの躍動感と、チェスのシーンなど、
この頃のフランス映画らしいミニマムさの調和が好みだった。
最後に付け加えると、春画を展示してるブースがあって、
葛飾北斎の作品が展示してあった。
北斎のこうした一面は知らなかった。
ウォーホルが性的な作品を作ってたことを
私はアメリカに行って初めて知ったことを思い出した。

10月25日

新書『若者はなぜ「決められない」か』(長山靖生)

オタク第1世代(1962年生まれ)で
地元で歯科医を開業しながらフリーライターである筆者が
フリーターと彼らを取り巻く環境を考察したもの。
高校を卒業して折りからの就職難で、
希望した職種に就職できずに決まった会社もすぐに辞め
もしくは最初からフリーターという選択肢を取る彼らに
フリーターを選ぶデメリットや必要な覚悟、
「なぜ働くのか」という問いかけを投げかけている。
「いろいろな仕事を経験できるから」とフリーターでいる人たちは
フリーターに任せられる仕事を繰り返してるに過ぎない
という筆者の指摘は鋭い。
「やりたい仕事を見つけるために
今はフリーターをしている」という若者の声には
そのやりたい仕事とはどのようにして
見つけようとしているのかと問い掛ける。
筆者はブリューリーが対人認識のモデルとして
提出した「二重モデル」を持ち出して
彼らが好きな仕事を探す様子を考察する。
ブリューリーの「二重モデル」とは次のようなものだ。
人間は他人を前にしたときにまず、相手の人種や年齢などを
自動的にカテゴリーに当てはめて判断する。
そしてその相手に関心がなければ
その人への理解はカテゴリーベースのモードに止まり、
それより先には進まない。
ある人が職業を選ぼうとする場合、
あらかじめ文化的カテゴリーによって狭められた
イメージのなかからの好感度で選んでいるに過ぎない、
というのが筆者の見方だ。
これは私の感想だが、この近視眼的な状況は
この情報化社会にますます強まっているのではないだろうか。
「リクナビ」を始めとする就職サイトでは、
自分が欲しい情報を「製造業」と言った具合に
条件をつけることができる。
そうすると最初に自分が持っているイメージを
広げる機会が少なくなる。
私が社会に出て実感したのは、現場に触れる大切さだ。
私はいま取引店を回るメーカーの営業だが、
同じくらいの売り上げの店で、
売り上げを伸ばす余地がどれくらいあるかは、
送られてくるPOSデータからではわからない。
取引店の話を聞いたり、競合他社の状況を見たりして
初めて感じ取ることができる。
この本を読んで私は、
人脈とか対人交渉力とか状況判断力とか
(大学時代のアルバイトといまの正社員では、
形成できる人脈に大きな違いがあると
私は強く感じている)
スキルを身に付けるために
もっと仕事に取り組まなければと思った。
いま転職を考えている人にもこの本はお薦め。

10月19日

新書「お姫様とジェンダー」(若桑みどり)

「白雪姫」「シンデレラ」「眠り姫」と
ディズニーのお姫様映画を取り上げ、
作品をジェンダーの視点で女子大生に分析させた
著者による大学での講義と
著者のジェンダー論が本著のメイン。
「家事は女性がやることが前提になっている」
「幸せ(=結婚)は男性から選ばれるもの。と描かれ、
女性のルックスが重要視されている」など、
男性中心的な社会が反映されている様子や、
自分たちが受動的な態度を取ってしまっている
メディアからの影響などを考察している。
少し古臭く感じるも、ジェンダーを考える上で
学生や読者に届きやすい題材だと思う。
「待っていれば、王子様と幸せになれる」という
映画の感想にジェンダーの影響があるのも明白だ。
著者の論旨もわかりやすい。
現在の労働市場を考えると
事務作業の大半、派遣社員という勤務では
一生涯働き続けることは難しい。
なのに結婚まで一般職として働くことしか考えず、
結婚後の人生設計は
ぼんやりと思い浮かべているだけという人が多い。
そこで著者はジェンダーを学び
もっと主体的に生きなさいと若者に主張する。
「働くの好きじゃないし、
結婚したら家庭に入って、
その先はその時に考える」という女性が
必ず不幸になるとは作者も
この本を読んだ私も言わない。
しかし、終身雇用は変わりつつあるし、
夫のリストラ、離婚に直面したとき、
そうした主婦の生活力は極めて不安定だ。
私の結婚相手は生活のビジョンを
もっと主体的に持ってる人がいいとも思う。
ただ、サラリーマンである私として考えると、
私の仕事は営業事務を前提として、
現在の労働市場を考えると、
その営業事務を男性がするのは現実的でない。
「会社は結婚までの腰掛け」みたいな
女性が必要であるのも確かなのだ。
男女共同参画基本法によって
女子大生の労働市場などハードが、
ジェンダー学によって
女子大生の意識、ソフトが
これから少しずつ変わっていったとき、
一番最後まで変革が求められるのは、
企業の管理職や父親など、
中年男性の意識な気がする。

10月18日

映画「ほえる犬は噛まない」

カメラマンが「美術館の隣の動物園」のチョ・ヨンギュ。
映画の基本的な演出は監督が決めるから、
私にはどこまでが監督の腕で
どこからがカメラマンの腕か分からないけど、
どちらの映画もカメラワークが好き。
「美術館の隣の動物園」は冒頭、
主人公が結婚式場のカメラマンで
彼女が録るファインダー越しの映像から始まるシーンが特に好き。
この映画ではマンションの追い駆けっこのシーン、
よく使われる撮り方だけど、手すり越しに、
マンションのドア前の長い廊下を走るロングと
2人のアップのメリハリが好き。
あとこの映画の魅力は女性のキャラかな。
ほかのサイトでも書かれてるけど
主人公のヒョンナムが真っ直ぐ。
勤務している管理事務所のマンションで犬が失踪し、
その犬を屋上で見つけ、食べようとしているホームレスから
奪い返すシーンは魅力的。彼女のまなざしからは
真っ直ぐな人だけが持っている魅力が伝わってくる。
身の回りのことを白黒つけられない人間らしさが笑いを誘う。
「マンションでは犬は禁止ですよ」と憤る正義感と、
ルールに違反して飼われている犬を
地下室に閉じ込めてしまう自己中心的な行動。
100%いい人も100%悪い人もいなくて
1人の人がこうしたいい面悪い面を持ち合わせているんだよね。

10月12日

映画「パリ・テキサス」

看板製作会社に勤めるウォルトの元に
テキサスの病院から連絡があった。
4年間消息不明だった弟、トラヴィス
(ハリー・ディーン・スタントン)を預かっているとのこと。
ウォルトの元にはトラヴィスと
その妻ジェーン(ナターシャ・キンスキー)が
消息不明になったあと育ててきた
彼らの一人息子ハンターがいる。
失踪前に撮った8mmでしか知らない
実の父親のことをハンターにどう伝えるか。
ウォルトはさまざまな思いをめぐらせながら
トラヴィスを家に連れて帰る。
トラヴィスと一緒に暮らし始めてから
ウォルト、アン夫妻、ハンターの3人の
以前の暮らしが少しずつ変わっていく。
ある日トラヴィスはアンからジェーンの話を聞かされる。
毎月5日、ヒューストンの銀行から
ハンターに送金していること。
トラヴィスはハンターを連れてその月の5日に
ジェーンを探しにヒューストンの銀行に向かう。
送金を追えたジェーンを見つけ職場まで追いかける2人。
ジェーンは覗き小屋で働いていた。
覗き小屋で再会するトラヴィスとジェーン。
服を脱ぐことなくただトラヴィスの聞き役となるジェーン。
トラヴィスから語られる「ある男女の話」は
トラヴィスとジェーンしか知らない
若かった頃の二人の話。
トラヴィスの話を聞きながら
ジェーンが涙を流すシーンは力強い。
そこにあるのはまだジェーンは
トラヴィスのことが好きだという強い気持ち。
もちろんこうして会いに来るトラヴィスも
まだジェーンのことを愛している。
この映画を観ながら、
「4年間会えずにいても好きでいる、
(本当に好きだから、まだどうしていいか
わからずに4年も会えずにいた)
そんな恋愛が私にできるかな」と思った。
最近あまりに恋愛市場主義に流されていて
「他の誰でもなくジェーンでなければ」
そんなトラヴィスのような強い気持ちと
離れたところで恋をしようしていたなと、
思わざるをえない。
「○○と別れて今は△△と付き合っている。
付き合っていてしていることといえば、
付き合っている記号のようなデートとセックス。
私はなんで△△と付き合っているんだろう」
最近、私が読むマンガってこういうテーマが目立つ。
恋愛の中でこういう風潮は確かに広がっていると思う。
彼女の欲しい男の子と彼氏の欲しい女の子の
市場主義的な恋愛。
恋愛という形式が男女にとって幸せで、
その相手はその形式の構成員で、
その形式を満たすのならば、
ときに代替可能であったりする。
そんな軽い恋愛は、
傷付いてもすぐに次に向かえるように
自己弁護によるものなのかもしれない。
ただ、相手を唯一なものとする
この映画のような恋愛でないと得られないものも
確かにあるんだろうなぁと思う。

10月5日

イベント「東京流行生活展」

明治初期から現在までのさまざまなものが
生活品を中心に展示してある。
明治初期は、肉食の勧めなど
知識層による啓蒙や公的機関が文化を広め、
それが昭和初期になると流行色の提案など、
百貨店が牽引役となる。
そして高度経済成長期はテレビやステレオなど
さまざまな製品が文化を生み出していった。
例えば80年代に現れる「竹の子族」もラジカセがあってこそ。
文化の広まり方が展示物を見ることでわかる。
ここで気に入ったのは本物とその後のリバイバルの比較。
「スバル360」と87年に日産が出した「Be-1」が
それぞれ展示してあった。
「Be-1」は丸いヘッドライトなどレトロスタイルなのだが、
フェンダーミラーでなくドアミラーだったり、
細かい部分で80年代の車だと感じさせる。
(80年代のドライバーはドアミラーに
慣れていたということだろう)
いま見てもかわいいデザインのものがいろいろあって
当時を知らなくても楽しめる。
70年代に(確か)文化服装学院で作られた洋服とか
いま着てもかっこいいのがあったし。
ドーナツ型ボディのラジオ「パナペット・クルン」も
いま見てもかわいいなぁと思った。
少し気になったのは、ジェンダー。
「女性=おしゃれ」みたいなのばっかりで
女性の社会進出を取り上げてるのが少なかった。
戦前の女子学生の卒論があって、
「この女性はその後どんな進路を歩んだのだろう」と
少し気になった。



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