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1月19日

マンガ「極東学園天国」(日本橋ヨヲコ)

男が読む少女マンガの入口として
よく「動物のお医者さん」が薦められるけど、
女が読む青年マンガの入口って
あまり語られないような気がする。
掲載誌が青年誌なのでエロい要素が強いけど、
主人公が抱える精神的翳りとかあって
少女マンガ読みに受け入れられそうな気がする。
(少女マンガを読むようになってから、
心理描写に共鳴できないとマンガが読めなくなった)
特に城戸だけど登場人物の男の子たちかっこいいしね(笑)。
「BANANA FISH」が好きな人は
読んでみる価値あるはず。
BANANAよりももっと政治色が弱くて、
男の子たちの青い若さにあふれている。
登場人物やその環境が病んでいて
ずっと暗い感じで話が進んでいくのは共通していると思う。
ちなみに、勘介みたいなのが読者の男の子の共感を得る。
男の行動基準ってこうなんだって、
女の子は参考にして下さい(笑)。

1月17日

マンガ「鍵」(望月花梨)

全5話の短編集。
表題作「鍵」もいいけど、
イチオシは「夜 夜中」。
家の近所に現れる女の人に
主人公の亜子は困惑している。
あの人は仲良しのしげおの本当の母親なのでは
という思いを膨らませていく。
(しげおを目の前にしたとき軽くパニックに
陥っている亜子にしげおはとても優しい)
そしてだんだんとあの人の正体が明らかになってきて
亜子は触れたくない現実を知り、受け入れていく。
平静を取り戻して成長していく亜子に
読んでいるとホッとする。
個人的には、ちょっとスットンキョーな
「あの人」のキャラがお気に入り。

1月13日

マンガ「小人たちが騒ぐので」(川原泉)

先月文庫化されたものが
もう古本屋で売られていて思わず購入。
ほのぼのとしたエッセイマンガ。
彼女自身が「カーラ君」として登場して
仕事場のFAXの話など、
身近な話や思い出話が語られている。
同時収録されてるRPGマンガは
私はあまり面白いと思わなかった。
ネタがないことをネタにしたり、
自分の手抜きをネタにしたり、
これらはギャグ作家の先人たちが
既にやってるけど、やり方が彼女らしい。
理屈こねてみたり(友人Mがたしなめるのがお決まり)、
連想される出来事のウンチクを語ってみたり
小さなことをやたら大きく取り上げたり。
p128の「ショート・サーキット」とか
前半全くセリフが無く(吹き出しが空白)、
こういう手抜きなネタをここまで練り上げるんなら
きちんとセリフのある話を考えた方が
よくないか?とか思ってしまうが、
主人公のカーラ君は終始ぼーっとしてるし、
話もぼーっとした感じで進んでしまうので
読みながら「ま、いいか」という気になってしまう。
このぼーっとしたキャラクターに
愛着がないと読んでいて少々辛いと思う。
初めて川原泉を読むなら
「空の食欲魔人」がお薦め。
この文庫1冊にほんわかした表題作と
少しシリアスな「3月革命」が収録されていて
彼女の作品の2つのテイストが楽しめる。

1月11日

イベント「ちょっと遅い・年賀状」

赤坂Graffitiでのライヴ。
出演者はPunch The Clock、守屋里衣奈、加藤千晶。
個性が三者三様で約2時間半楽しかった。
Punch The Clockは骨太なサウンドで、
ちょっとラヴ・サイケデリコっぽかった。
(Do As Infinityっぽいと言われるとのこと)
ボーカルはちょっと巻き舌な感じで
ギターが効いてる曲に乗るとかなり力強い。
守屋里衣奈はアコースティックの曲が印象的で
ちょっとアラニス・モリセットっぽかった。
後半、盛り上がりが最高潮の時、
身体を剃らせながらシャウトする彼女の姿は
歌うのがホント快感なんだろうなぁって感じで
歌でそういう状況に自分を持っていける彼女が
すごくうらやましい。
加藤千晶はキーボードを弾く彼女に
バックがアコーディオンとエレキギターという面白い編成。
シンプルでこの小さな編成が気に入った。
「この加藤さんって矢野顕子が好きなんだろうなぁ」
って感じのサウンドで、
軽快なテンポや声質はちょっと森高千里っぽかった。
最後は加藤千晶さんたちに
Punch The Clockのボーカル網野佳香さんと
守屋さんと守屋さんのバックのギターで
ダニエル・ブーンの「ビューティフル・サンデー」を歌った。
集まってリハしたんだろうなぁとか考えながら
対バン同士の横のつながりっていいなあと思った。

1月5日

コンピュータ書「コモンズ」(ローレンス・レッシグ)

既得権者がネット周辺の環境を牛耳っている。
そのことを著者は警告している。
TCP/IPに基づくプロトコルは、
そこでなされている情報のやりとりを検閲することはない。
この特性が自由な開発を支えてきた。
しかし、現在では中央サーバーが
情報のやりとりを内容によって差別することも
技術開発によって可能になっている。
大企業がソフトウェアにに対して
知的財産を主張するようになった。
権利侵害で訴えられるのを避けるため、
ある分野では技術革新が進まなくなった。
インターネットによって台頭してきた個人の技術者の
新規参入が以前より難しくなった。
政府による知的財産制作や、
大企業による知的財産戦略や資本の戦略的運用によって
さまざまな規制がネットを取り巻くようになった。
そうした規制への見方で、私も共感したのは、
そうした規制がシステムとして社会の中で定着してしまうと、
その社会が急速な技術革新によって変わりつつあっても、
システムを前提に物事が動いていると、
そのシステムが現在も必要なのかと、
絶えず確かめる人は少ない、ということだ。
知的財産を財産権と同じく考える風潮についても述べられている。
著者は法学者でその辺の記述もかなり充実している。
知的財産はフェアユースのために自由な利用を
第三者に開放しなくてはならない。
しかし、技術革新はあらゆる権利侵害から
商品等を守るために開発され、
フェアユースのための余地を残していない。
(例えば、ネット上で音楽の評論を書こうとしても、
コピーコントロール技術によって、
それを展開するのは難しいだろう)
そうした技術革新が進んでいる中、
更に法律によって知的財産が保護されているので、
フェアユースとのバランスが崩れていると、
本書で何度も述べられている。
著作権によって守られるべきものは、
それを創作した者たちの創作意欲である。
海賊版防止のために技術革新がめまぐるしい現在、
権利を半世紀以上も保証する必要があるのだろうか。
産業的に廃れていってしまった
ソフトウェアの知的財産権は開放したほうが、
それを元にした開発が行われ、
技術者たちの創作意欲は増えるのではないだろうか。
こうした考えをもとに著者は
著作権の登録制度を提案している。
これを運用するのはとても難しいとは思うが、
知的財産権の保護が大企業へと向いているのは確かだ。
(ここからは日本の知的財産権を学んだ私の
私見や思うところなど)
例えば日本で著作権の保護期間が
権利者の死後50年が25年に短くなると、
作家たちは作品を発表しなくなるだろうか。
短くすることによって一番困るのは
そうした作品を独占的に売ることが出来る
出版社やレコード会社だろう。
人々に自分の作品が届き、
その報酬がきちんと入ってくることを第一に考えたら、
契約した出版社等が収益が合わないからと
重版せず流通しない状態にある書籍を
作家が他の出版社から出せないとしたら、
知的財産保護によって、
その作品は多くの人に触れてもらう機会を失ってしまう。
これは作家にとって良いことなのか?
もちろん、出版社も本を売るために
いろんなコストを負担したわけで、
少しの期間重版しなかったからと言って、
簡単に他の出版社へと発行が乗り換えられる制度は、
著作物を本にしようという意欲を激しく低下させる。
ただ、出版社が本にして出すリスクと
作家が自分の本から適正な収入が得られるシステムと
読者がたくさんの本に触れ、
そこから新たな創作が生まれる機会とを
著作権はもう少し適正化することは出来るのではないかと
彼の著作権に関する記述を読みながら思った。
著作権法がこれから生まれる創作を保証しようとすると
既に生まれた著作物の商業的保護(海賊版の防止)と、
著作物を引用等他者がが利用できるように開放することと
商業的に現在流通していない品切商品を
人々に広く知ってもらうことで、
様々なインスピレーションを促すことを
調整するのはすごく難しいんだけど。
ある作品を流通させるかどうかの判断は
私企業が持つべきだと思うし。
出版物で言えば、図書館の充実が
企業の商業活動に関わらず
人々に作品に触れる機会の保証となっていいのかなぁ。


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