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7月23日

新書「少女たちはなぜHを急ぐのか」(高崎真規子)

男友達と飲んでいて「彼女欲しい」という
話になった際に私は時々、
「社会的彼女」という言葉を用いる。
「×は結局『社会的彼女』が欲しいんだよね」
といった具合だ。
社会的彼女とは、自分のためもあるけど
社会(例えば仲間うち)のために欲しい彼女
という意味だ。
イベントが近づくと彼女が欲しくなるのは
イベントを一人で過ごす姿を
同性に見せたくないという
意識が働くせいではないだろうか。
「この人が私の彼女/彼氏」だと同性に示すのに、
その人とセックスしていればそれは
大きな説得力を持つだろう。
本書でも「社会的彼氏」が欲しい女の子が出てきて、
そういう動機を許してる周りがいる。
あんな周りの存在を私は実感していて、
この本にリアルさを覚える。
人恋しさ彼氏以外の人とHしてしまった人が
本書に登場する。
それには理解できなくても、携帯を持ち始めてから、
一人で何もしないでいること、寂しさへの耐性が
弱くなった気がする人はいるのでは?
セックスに対する機会が増えて、
全員がエンコーしてるわけでも
彼氏以外の人とHしているわけではないが、
一つ言えるのは、「貞操観念」という言葉は
もはや「彼氏以外の人とHしない」
といった意味であり、
交際相手とのセックスは自然なものと
多くの人に受けとめられているのは
間違いないだろう。
しかし一昔前までは
結婚まで処女を守るという貞操観念が
語られていたのは確かなのだ。
まあ個人的には好きな人とはセックスを
楽しんでもいいと思う。
(もちろん妊娠等のリスクを避けながら)
生殖を目的としないセックスや
婚前交渉をよく思ってこなかった歴史も
理解はできるけど、
セックスに関する情報も増えている現在では、
好きな人とセックスしたい
という感情が湧くのは自然で、
否定する必要がないものと私には映るからだ。

7月13日

マンガ「アカイチゴシロイチゴ」(宇仁田ゆみ)

読んでいて恋がしたくなる短編集だった。
これ以外も気に入ってるが
特に気に入ったのは「エバグリン」。
異性へのドキドキがリアル。
勤務先のパン屋に素敵な男性客、椿さん。
アプローチをかけて久しぶりに訪れた異性の部屋。
自分からアプローチをかけたくせに
下着1枚の椿さんの後姿を見てもう胸が一杯で
「ごめんなさい… 今日は寝ちゃっても
いいですか?」と切り出すシーンが好き。
すごくほしいものがもうすぐ手に入るドキドキ、
そのとき相手にちゃんと受け入れられるか
不安を感じるドキドキ。
そんな感情の高まりを強く感じる。
そのドキドキの先には不安もあるけど
より明るい未来が見えるから
私たちって何度も恋をしてしまう。
その先の未来にドキドキするという意味で
恋に恋してしまうというのも私はよくわかる気がする。

7月11日

映画「子猫をお願い」

女子商業高校で同級生だった仲良し5人組。
卒業して1年が経ち、
5人の中のバランスが少しずつ変わりはじめてる。
これって誰もが経験することではないだろうか。
仕事のサイクルや金銭感覚のずれで
疎遠になってしまうのは避けられない。
私にも似た経験がある。
大学時代、1週間のうち5日会っていたIと
卒業後疎遠気味になったきっかけは
Iは休日が土日固定ではなく、シフト制だったことだ。
こういうことって学生時代は些細なことと思っていたが、
実際に経験すると予想以上に大きな障害となった。
学生時代の友人と疎遠になっていき、
かといって職場の人たちとは
学生時代のような友情を築くことは出来ずにいる。
コネで証券会社に雑用係で入ったヘジュが
女子社員たちの飲み会で
いま一つ楽しみきれてない光景にも
私は自分自身を重ねてしまった。
洋服をたくさん買ったり、
5人組の中で「勝ち組」を自己演出してみても、
都会人にはなりきれず、
地元のボーイフレンドに安らぎを覚えるシーンも
ヘジュのシーンで好きなシーンの一つだ。
私はヘジュに近いものを感じたが、
ジヨンに近いものを感じる人もいることだろう。
この映画で描かれているのは
10代の頃に経験する風景。
「あ、こんなやついたなぁ」という風景。
バックボーンの違いを知りつつ
それを尊重できていたからって、
かといってその友達が今後進むであろう進路を
自分が耐えられるかは別問題。
もしヘジュがデザイン関係を目指たなら、
ジヨンのような家で絵を描く努力以上に
外でデザイン関係の人と会う努力をするだろう。
学校という共通の場から外れたとき、
社会に対するアプローチの違いから
高校時代は気にならなかった性格の違いが気に障る。
それは仕方がないことだと思う。
ただ、高校時代の楽しかった思い出はそのままで
会えば昔話も出来るし楽しい。
社会人になってから出来た友達とは
お互いの違いを尊重というより気を遣いがちで、
学生時代のような関係にはなりづらい。
「あいつ何してるかな」と思ったら連絡を取る、
そんなテヒのような行動力は
持ってたほうが楽しいのは確かだと思う。
この映画を観終わった後、
私も音信不通になってる友人と連絡を取ろうとしてみた。
結局連絡は取れず、現実はそんなもんだよねと思ったが、
かといって時間や労力を無駄にしたとも思っていない。
動くのに消極的になると、
この先私が見れる世界は減ってしまう。
次の結果を生むためにも行動そのものも重要ではと
最近思うようになっているから。

7月4日

マンガ「こいのうた」(彬聖子)

この作品を大まかに語ると、
作中に穂村弘の短歌が登場する少女マンガ。
妹にこれを読ませたら、妹が穂村弘に興味を持った。
この本って、彬聖子か穂村弘のファン以外は
なかなか手に取りづらいと思うが、
マンガ好きの人たちに、
「最近短歌が流行っているらしい」
くらいの気持ちで手に取ってもらいたい作品。
「穂村弘の世界を、マンガで表現できるのか?」
と期待するとガッカリすると思う。
穂村弘の短歌に共感、親しみを覚える女子高生が
主人公の恋愛マンガだから。
穂村弘の短歌を無理にマンガ化していないのが
これの少女マンガとしての作品の質を
保っている気がする。
主人公たちの恋愛が盛り上がっていく部分では
穂村弘の短歌が出てこなかったり。
あくまで舞台は普通の女子高で、
短歌が出てくる様子も一般人と同じ感覚。
短歌を知らない人なら短歌を読む人に
「短歌?珍しいね」と思うだろうし
短歌を興味ある人は友達に
短歌を読んだりしていると話すと
やはり「短歌?珍しいね」という
反応をされたことがあると思う。
「ミーハーな短歌ファンお断り」みたいな
旧来の歌壇にある態度を取るタフさがない私は
短歌に興味を持ってくれる人が
増えてくれていろんな人と
短歌の話が出来ればと思っている。
最近短歌を始めた人たちのなかでは
ここに出てくる咲子のように
短歌と相対してる人って自然な気がする。
世界が閉じがちな歌壇の人も
現在、若い人たちに短歌が
どうとらえられているのかを知るのにいいかも。



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