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2月24日

映画「夏至」

テーマは浮気。
長男と長女、次女、三女、長女の夫、次女の夫の
男3人、女3人が主な登場人物。
そのうちの数人が浮気をしている。
そんな中、4兄弟の母親の初恋の話を6人は知る。
母親が父親以外に好きだった人がいたという事実。
二重生活に耐えきれず、ある者は事実を相手に告げる。
また、ある者は相手の浮気に気付いていた。
浮気、家庭とかそういうしがらみがないから、
愛の質としては、浮気相手との愛の方が
純愛なのかも知れない。
でも、された方の辛さを考えると、
「バレなきゃしてもいいんじゃない」みたいなことを
言うのは無神経であるのは確か。
人間は何故浮気をしてしまうのか
そう簡単に説明が付くほど人間の感情、行動は
合理的ではないから、この問いは不毛だろう。
しかし、合理的ではないんだからしてしまうものはしかたないと
開き直るのではなく、浮気が始まった直後に
「こんなことしていいんだろうか」と踏みとどまるのが
周りの人全員の幸せを考えたとき、最善の行動だろう。
始まった直後なら、ゲインとリスクを考えたり、
冷静でいる余地を作ることができるから。

2月22日

マンガ「エンゲージ」(いくえみ綾)

北海道の空気感がよかった。
主人公と同じ札幌に住んでる好きな人が
お正月に帯広に出掛けてしまうとか、
好きな人の顔を見ているのが辛いから
北海道から島の外に出たいとか。
主人公千絵は正雄のことが好きで、
話の途中で正雄の婚約者律子が
交通事故で死んでしまうという展開に
「おいおい、少女マンガお得意のご都合主義かよ」
と思ったけど、そのあと千絵と正雄が
くっつく展開にならなかったので最後まで読めた。
(かなりネタバレさせてしまうけど)
きっかけがなくて好きな人とはくっつかないで、
自分のことが好きな人がいるというのは
よくあるジレンマだけど、それがよく描かれていた。
好きな人が(自分以外にもだけど)優しくて
期待を持たせる感じとか。
千絵が正雄を好きになったきっかけって
住んでるところが隣り同士とか、
小さなことの積み重ねだと思うんだけど、
小さいことも長い間かけて積み重なって、
大きくなっていくと、もうその人以外見えなくなるんだよね。
う〜ん、理不尽だ。

2月17日

マンガ「KAMUI-神已-」(こなみ詔子)

両親を亡くし、知り合いの小川家の世話になることになった八坂弘。
小川家には弘と同い年の神已がいた。
そして、弘と神已が出生児に取り違えられた事実を
弘は小川家に来て知る。
神已が持つ不思議な力もその事件を内積し
エネルギーとなって表れたものだった。
自分がこのようになってしまった運命の対象として
神已は弘を敵対心があるのだが、
真っ直ぐなキャラクターで、自分を育てた母親そっくりの
弘を完全に憎むことが出来ず、2人の心は近づいていく。
あらすじはこんな感じ。
感情の変化の過程を描き切れなかったと、作者自身も書いている。
確かに2人の心が近づくエピソードがあれば良かったかも。
それとラスト付近の展開、ちょっと強引。
何とか2巻で終わらせたみたいな。
神已の不思議な力が無くなって
2人仲良く平凡に暮らすという陳腐なラストを避け
少し違ったハッピーエンドにはなっている。
ラストで作者がやろうとしたことは、まあ成功したと言えると思う。

2月15日

『リメイン・イン・ライト』(トーキング・ヘッズ)

短歌再び。

アフリカのリズムの中で続いてく僕の胸打つ一体感が

1曲目の「ヒート・ゴーズ・オン(ボーン・アンダー・パンチズ)」での
アフリカのリズムでそれぞれの演奏とヴォーカル、コーラスが
一体となっているのが気持ちよくてそれを詠んだもの。

頭から喉へと歌が急き立てる不意に不安が襲わないように

2曲目の「クロスアイド・アンド・ペインレス」のメロディーは
アップビートで急き立てさせられ不安感を持たせる。
そしてヴォーカルに不安を払拭したいという思いを感じる。

アフリカのリズムはそのまま走っても間合い乱れぬアフリカのリズム

3曲目の「グレイト・カーヴ」はかなりアップテンポなんだけど、
テンポが上がってもハーモニーなどにアフリカっぽさを
感じるところを詠んだもの。

アメリカのビートニクスはアメリカでシンプルな言葉紡ぎ詩にする

4曲目の「ワンス・イン・ア・ライフタイム」で
ヴォーカルのデヴィッド・バーンは歌うというよりも、
ビートニクスのように朗読している。
そしてそこで用いられているのは、私でも聞き取れるような
(もちろん全てではないが)シンプルな単語。
こういうシンプルな単語を選ばせたのも
アフリカが持つパワーなのかなと思い詠んだもの。

アフリカを記号のように軽くしたファッションのようなトランペット

5曲目の「ハウシズ・イン・モーション」での
レゲエっぽいリズムとアフリカっぽいホーン。
この2つを上手く組み合わすことが出来たのは、
土台が異なる2つを記号化したから。
(ファッション化した、と言い換えることも出来るだろう)
「こういう風に吹けばアフリカだろ」みたいな
白人によるエスニックを感じてしまった。
アフリカを大切にした音楽はアフリカ人に到底及ばない訳で
このアルバムの製作に大きく関わっている
デヴィッド・バーンもプロデューサーのブライアン・イーノも
こうした姿勢を隠そうとしていないし。

電子音入れてみましたジーンズのような“アメリカ趣味丸出し”を

6曲目の「シーン・アンド・ノット・シーン」の
80年代テイストいっぱいの電子音に
アメリカ人独特のセンスを感じ
ちょっとかっこいいとは思えなかった。
自分の趣味が世界に通じると
あそこまで自信を持てるアメリカ人って他と違う。
「グローバリゼーション=アメリカナイゼーション」と
皮肉の一つも言いたくなる。
デヴィッド・バーンもブライアン・イーノもイギリス人なんだけどなぁ。
(とは言えデヴィッド・バーンはアメリカ育ちで
アメリカで音楽活動を始めてるからなぁ。)

抑揚の無いアンニュイな語らいに僕は振り向き隙を与える

アメリカっぽいなあと感じた6曲目の次に
イギリスっぽい陰のある曲「リスニング・ウィンド」が続く。
作り手の思惑通り、このギャップにハッと気を取られる私(笑)。

感情を抑え鼓膜を浸食する知能犯的アバンギャルド

抑揚の無いおどろおどろしい演奏と声(歌というより声)は
パンクスのような感情のストレートな吐露とは対称的な
強さを持っていて、これこそアバンギャルドの強さだと思う。

2月14日

映画「ABCアフリカ」

ウガンダのエイズ問題を描いたドキュメンタリー。
働き手として非常に重要な15〜45歳までの男性を
ウガンダはエイズで失っている。
「ある層が抜け落ちてしまっている」とまで
この問題を危惧している人は言っている。
男性を失い、子供を養っていかない状況に追い込まれた女性。
夫婦をエイズで失い、その子供たちを
夫婦の親(子供たちの祖父母)が
養っていかなければならない状況も生まれている。
祖父母が孫たちを養っていく状況は、
エイズ禍が進むと、祖母1人がたくさんの孫、
さらに親戚の子供たちを養う状況となる。
72歳の女性がこの映画に出てくる。
彼女は35人の子供を魚を売って養っている。
「ウガンダ孤児救済のための女性運動(UWESO)」は
こうした女性を支えている。
働き手を失った女性が自立していくためには
経済的支援が必要である。
しかし単純な募金、救援物資の投下は
支援者が去ったとき、被支援者の生活が成り立たなくなる。
支援者がいなくなっても自立していけるような
システム作りが必要なのである。
お金、物資といったコンテンツ(ソフト)ではなく、
それが乗っかっていられるようなシステム(ハード)が
必要である。UWESOは、女性を自立させるため、
女性たち5人でグループを作らせた。
そして、10グループで1つのクラスを作らせた。
そして1人1000シリングの貯蓄をさせ、
口座を作ってそこにプールさせる。
そして何かあったとき、そのお金を有利子で
女性たちは借りることができる。
有利子で貸す理由は、利子を付けることによって、
もし誰かがお金を借りたまま無くなったとしても、
グループの残された4人の背負う借金の負担を
軽く抑えることができるからだ。
自助努力に必要な相互扶助がきちんと機能している。
こうしたシステムを作っていく状況を見ながら、
あるコンテンツを提供しているコミュニティサイトではなく、
あるコンテンツを提供するためのシステムを
提供している会社が活気があるという、
ITベンチャーの経営を巡る状況と
この状況って似た部分があるなぁと思った。
途上国の経済援助を語るとき、経済援助と同じくらい
教育が必要だというけれど、
それはシステムを輸入するには、
他国で用いられてるシステムを自国の文化に合うように
カスタマイズする必要があるからだ。
その文化の中で国民がシステムを引くのが一番で、
他国の文化を自国の文化に翻訳出来る人材を
教育によって育てていく必要がある。

2月8日

『DARK SIDE OF THE MOON』(PINK FLOYD)

アメリカのビルボードのTOP200に741週チャートインし、
日本でも『狂気』の邦題で知られる
このピンク・フロイドの名盤を聴きながら
短歌を詠むという新たな試みをしてみる。
短歌の出来には目をつむって、
着眼点を楽しんでもらえばと思う。

静寂に時を知らせる鐘のように張りつめた間は長続きしない

無音から心音のような重低音が
徐々に大きくなっていくこのアルバムの出だしを詠んだもの。

柔らかな音色で包む回想は暖かすぎて未来失う

1曲目b)「BREATH」のギターが揺れ、
けだるい感じの曲調を詠んだもの。

想像は現状の不安乗り越えた先から始まる不安新たに

2曲目「ON THE RUN」のホラー映画でモンスターが登場するような
不安を誘う音から爆発音へと、不安が解消したかのように
3曲目「TIME」へとつながっていく様子を詠んだもの。

毎日は繰り返しかけたレコードのようにゆっくり摩耗していく

3曲目「TIME」の歌詞の一節、
"Every year is getting shorter"にインスパイアされて詠んだもの。

叫び声計算の元生み出され金銭を生む商品文化

4曲目「THE GREAT GIG IN THE SKY」の女性のシャウトに
ジャニスのような生理的なものでなく、
「ここからここまで叫んで」というような綿密な計算を感じて詠んだもの。

分かち合うパイは私が取った後その配分にさらに参加す

5曲目の「MONEY」の歌詞の一節、
"Share it fairly, but don't take a slice of my pie"を詠んだもの。
私はこの歌詞を、20万を4人で分けると1人5万なんだけど、
前もって7万を取り分とするという約束があると、
それを既得権益として主張したくなるけど、
分配が上手くいかないみたいなことを言っているのかと思った。
しかし、サークルの友人S教授は上の短歌のように、
予め取り分を取って置いて、それを知らせずに
みんなのパイの配分にも参加すると読みとった。
サークル内でブラックで名が通ってるだけあるなと
この解釈を聞いたときは感心した。

前向きに一体となって進むには民主的よりも独裁がいい

6曲目「US AND THEM」のヴォーカルとコーラスと演奏が
まとまりすぎていてちょっと怖く思った。
まとまりすぎている状態で前へと進んでいくのは、
その方向が合っているのか疑問を投げかけることも出来ず不健康。

歌声がコーラスという波に乗りつながっていく紡がれていく

コーラスってそういうものだから、
当たり前といえば当たり前なんだけど、
8曲目「BRAIN DAMAGE」から9曲目「ECLIPSE」にかけての
コーラスはヴォーカルを支えていて、
そしてヴォーカルはコーラスを武器に得て生き生きとしている。
それを詠んだもの。

2月4日

映画「ペパーミント・キャンディー」

気の小さいダメ男が、兵役、警察官、離婚、
事業の失敗、初恋の人の重病などを経て、
強引なダメ男へと変わっていく様子を、
40代から20代まで逆に遡っていく。
話のポイントポイントで出てくる叙情的なシーンに
キュンとなりながら観た。
初恋の人ユン・スニムの思い出が付かず離れず出てくる。
年を取るにつれ、関わりが薄くなっていく。
恋の比重って軽くならざるを得ないんだろうなぁ。

2月2日

映画「アポロンの地獄」

男は無意識的に、母親を性的に欲するというマザー・コンプレックスを
その元となったオイディプス(エディプス)神話を通して描いた作品。
マザー・コンプレックスがオイディプス(エディプス)・コンプレックス
とも言われているのはよく知られているが、
どういった話かはよくわかっていなかったので、
この神話に対する興味を満たすことが出来た。
このコンプレックスのポイントは「無意識的に」であり、
知らずに母親と関係を持ってしまったオイディプスの苦悩が
とてもよく描かれている。
これを観ると、「薔薇の葬列」でエディがバーのママとなるのは、
オイディプスがテーベの王となることを置き換えているんだなとか、
この話とのつながりがきちんとわかる。
「薔薇の葬列」よりこちらの方が、
スプラッタな生々しい感じがなくて、観やすかった。
映画の全体的な印象をいくつか。
昼の光に照らされカラっとした感じと、
夜の室内の光と影がなすなまめかしい感じの撮り分けが巧い。
映画演出の光の重要性を再確認した。
ラストの自らを償うシーンで、
「薔薇の葬列」を観た後だけに、オイディプスが少し喋りすぎな印象が。
ラストのオイディプスの一言が良かった。
最初、退屈かも知れないけど、
オイディプスの父、前王のライオスへの信託と、
オイディプスへの信託がつながるあたりからは
展開がテンポよく進む。



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