10月のセレクション


10月30日

小説「白い犬とワルツを」(テリー・ケイ)

「あなたには白い犬が見えますか?」という
キャッチフレーズがあまりにも有名だが、
主人公サムや家族に白い犬が見えるようになるところが
この小説のクライマックスではない。
白い犬が見えるようになった家族たちに支えられながら
死期を悟ったサムが余生を送るラストは
とても静かで、読んでいていろいろなイメージが膨らむ。
サムが同窓会に向かうシーンもお気に入り。
読んでいてイメージが膨らむような情景描写が多く、
映像でこの話を見たくなる。
テレビドラマが好評だったのもうなずける。
白い犬の意味とか考えながら読むのは苦手だが、
白い犬がそばにいることによって、
白い犬を世話することによって、
サムがとても生き生きしている様子を読めば、
白い犬の意味は分かるだろう。
最初はこの小説のゆっくりとしたテンポに、
私もなじめず退屈していたが、
じわじわとこの小説は面白くなっていく。
ゆっくりとしたテンポは最後まで変わらないが。

10月28日

『プライベート・アイズ』(ダリル・ホールとジョン・オーツ)

徳永英明、稲垣潤一、小田和正といった
幼い頃にTVなどで流れていた80年代の邦楽が
胎教のように染み込んでいる私には、
タイトル曲のピアノの伴奏など
キラキラしたアレンジとかが懐かしくてしょうがない。
身体が覚えている懐かしさに身をまかせて聴いているのもいいが
カラっとした感じにイーグルスとの共通点を感じてみたり
2曲目の「グッド・サイン」のリズムにレゲエの影響を感じてみたり
7曲目の「テル・ミー・ホワット・ユー・ウォント」に
バグルスなどのエレポップを感じてみたり
AORの懐の深さを耳で追ってみるのも楽しい。

10月25日

マンガ「机をステージに」(紡木たく)

このマンガを読むと、
青春ってこれが描かれた80年代から変わっていないなぁって思う。
青春って仲間と言える、考え方、感性が似ている人たちと
少しでも長い間一緒にいて、
とりとめのない、非生産的な時間をたくさん共有することだと思う。
高校生の頃って視野が狭くて、自分のことばっかりに
まっすぐ突き進みがちだけど、
他者を通じてしかわからない自分というのがある。
涙を流すくらいにお互いの感情をぶつけることは必要だと思う。
若いとき何をすべきか、
このマンガは具体的に提示してはいないけど、
学校は辞めない、自分の周りにいる人は大切にする、
これだけは言えると思う。
大企業がつぶれたり、物事の価値が変わりつつある現在、
若いうちにすべきことというものが人それぞれ違ってきてて、
大人が若い人にレールを引くことが出来なくなってる今こそ、
自分がどうすべきか悩んでいる若い人も多いと思う。
そんな悩んでいる若い人は、このマンガを読む価値があると思う。
ちなみに私が紡木たくを読もうと思ったきっかけは、
魚喃キリコがこの作家が好きと知って。
登場人物が黙り込む間の取り方とか、
魚喃マンガと共通点を感じる。
また、「それどーゆーイミ?」みたいな
超言文一致体の文体にも共通性を感じる。

10月24日

『メタル・ボックス』(パブリック・リメージ・リミテッド)

私もそうだが、
セックス・ピストルズでジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)を知り、
このアルバムを聴いた人が多いと思う。
PILとピストルズの違いは音の緻密さだ。
ピストルズはパンクスの集まりで、
音楽的才能に長けた人の集まりとは言えないが、
PiLのメンバーには才能を感じる。
これだけのメンバーを集められたのは、
ジョン・ライドンがピストルズで作った名声によるものだろう。
ライナーによると、ベーシストのジャー・ウーブルは
PIL加入まで音楽的経験がほとんどなかったらしいが、
2曲目「メモリーズ」での正確な演奏を聴くと、そうは思えない。
このアルバムではもちろんジョン・ライドンの
おたけびのようなパフォーマンスを聴けるのだが
このアルバムのすばらしさは、
各パートが奏でる音が正確に組み合わさっている点だ。
マーティン・アトキンスのドラムとジャーのベースが骨格を作り、
そこにキース・レヴィンのギターが組み合わさる。
時にはうねるような、時には空気を切り裂く金属的な
このギターがアクセントとなっている。
パンクの延長でこのアルバムを聴くと前衛的すぎて
ついていけないと思う。
だけど、ドラムとベース中心のゆるい感じを
熱心に聴こうとせず、耳を傾けるような態度で接すると
この陰鬱さがとても心地よい。
陰鬱なブリット・ロックが好きな人にはお薦め。
はっきりとしたメロディがないからこそ、気だるい感じでいられる。
このだるさがとても自然である。
セッションのような気ままに演奏しているわけではなく、
作り込まれているはずだが。
3曲目「スワンレイク」では
チャイコフスキーの「白鳥の湖」が引用されていたり、
挿入されるギターがただの単調な曲にしていない。

10月19日

映画「interview」

制作手法はやや前衛的だが、
扱っているテーマは普遍的な恋愛。
作品の内容は次の通り。
イ・ジョンジェ演じる映画監督チェ・ウンソクが、
恋愛について尋ねるインタビュー映画を制作している。
シム・ウナ演じるイ・ヨンヒのインタビューが気になり、
ウンソクはヨンヒへの関心を徐々に強めていく。
インタビューに消極的だったヨンヒが
だんだんと自分の過去について語り始める。
また、ウンソクも自分の過去を振り返り始める。
この辺の自己の内面に対峙した独白が、
恋愛に対するシリアスな姿勢がとてもよく出ていていい。
(ここから少しだけ、この映画を観て
色々感じたことを書いてみる)
恋愛って恋愛感情というものが予め存在していて、
その感情の対象として誰かを当てはめるというものではなく、
まず他者がいて、他者に対する感情の一つとして
恋愛感情というものがあることを実感した。
「何を当たり前なことを」と思うかもしれないが、
特にクリスマスとかイベントが近づくと、
「恋がしたい」という欲求が先走った
本末転倒な状態に陥っている例は少なくない。
この映画では、
好きだった人が死んで後を追おうと考える感情、
つまり、その人が好きという、
他の人では振り替えの利かない感情が描かれていて、
恋愛感情はリセットが利かないということが
痛いほど伝わってくる。

10月18日

マンガ「刑務所の中」(花輪和一)

作者自身の収監の体験を元にしたエッセイマンガ。
拘置所、刑務所内の描写があまりにリアルで、
作者よりも、著者と読んだほうがしっくりくる。
主人公の「花輪」と記された名札など細かい描写が
実体験だと感じさせるリアルさを生み出している。
悪いことした人たちをきちんとまとめていくには
こうした厳しい体制は必要だと思う。
食事や運動の機会が与えられていたり、
基本的な人権も守られている。
でも、このマンガを読んで「全体に犯罪は起こさないぞ」と思った。
特に、アイデンティティの喪失が怖い。
たくさんの受刑者たちの一人となることによって
「個」というものが消されてしまう。
仕事も食事も与えられ、ある意味、楽ではあると思う。
楽というのは、自分自身で考えずに済むということで、
つまりそれは、「個」が消されてしまうことなのだ。
作業中、落とした消しゴムを拾う場合も、
看守に「願います!」と言わないと拾えない。
個人の裁量が全くない状態にまで「脇見禁止」が徹底されている。
クリエイティヴな仕事をしてきた人には
この裁量権の無さは息苦しくて仕方がないのではないか。
(角川春樹の受刑風景はどうだったのだろうか。気になる)

10月14日

マンガ「花粉航海」(小野塚カホリ)

「花粉航海」と「黄金的同伴男女」、2つの話が収録されている。
「黄金的同伴男女」が良かった。
話のストーリーを簡単に書くと、
嫉妬深い弓削と付き合っている園が下級生の深沢くんと出会うというもの。
深沢くんは、弓削にひっぱたかれた園に
「目元ってハレ残るから」と冷やしたハンカチを差し出す。
園の彼氏、弓削のキャラクターが魅力的に描かれている。
嫉妬深くて、すぐ暴力に訴え、恋愛表現、所作が全くスマートではない。
確かに、園のつっけんどんな態度も
弓削のこういった行動を引き起こす要因の一つに
なっていることは否定できないが。
こういった弓削の無骨な感じは、園へのまっすぐな愛を感じさせるし、
私自身が持っている嫉妬心などを意識させる。
自分のネガティヴな感情に素直になる。
魚喃キリコの作品のようなヒューマンドラマ。
(私は魚喃キリコのマンガを読んでいると、
登場人物のネガティヴな感情に、読んでいるうちに同化してしまう)
彼女の作品が好きな人にはお薦め。
この作品は、一つ一つの何気ない場面、エピソードがキュンとさせ、
こうした場面やエピソードがパズルのように組み合わさって、
一つの作品となっている。
どんでん返しのラストもいい。
場面がパズルのように組み合わさっていくうちに、
園の周りはゆっくりと変わり始めているのだ。

10月11日

インタビュー「ザ・ロングインタビュー2 田口ランディのつくりかた」(田口ランディ)

BSフジの番組「ザ・ロングインタビュー」の
田口ランディをゲストに迎えた回を活字化したもの。
インタビュアーはテリー伊藤と八木亜希子。
「作家以前の田口ランディ」の項のOLの話や、
その後、大学を出ていない田口ランディが
学歴社会であるマスコミの世界に入っていく辺りの話も面白い。
この頃の田口ランディのがんばりは、
読んでいるとなんだかこちらが触発されてくる。
二股不倫の話は、読んでいてそのパワフルさに圧倒。
70ページちょっとしかないので、あまり情報量はないが、
(海と山と温泉が好きで湯河原に住んでるとか、
「インターネットの女王」と呼ばれるのは嫌といった話は出てこない)
OL時代の田口ランディに興味があるなら読んでみてもいいと思う。

10月8日

『犬は吠えるがキャラバンは進む』(小沢健二)

小沢健二がニュー・アルバムを久々に発表すると聞き、
それにちなんだセレクション。
1曲目は「昨日と今日」。
抑揚があまりない歌。
所ジョージのような単調な音楽すれすれ。
オザケンも歌手としては、歌がうまい方ではないし。
ブリット・ポップのようなベースが、
この曲をかっこよくし、体裁を保っている。
2曲目の「天気読み」の方がけだるくて私好み。
いい意味でアルバム曲っぽい、
メロディを作り込んでない感じ。
こう書いたが、困ったことに(!?)この曲はシングル曲。
大滝さんや達郎さんのアルバム曲と通じるものがあるんだけどなぁ。
このアルバムを聴いて思ったことは、
単調とポップは紙一重だということ。
6曲目の「カウボーイ疾走」はあまりコードを使っていないはず。
だからこそポップ。
アルバム曲のようと形容したように、あまり華美ではなく、
ソロ・デビュー作という気負いがなさそう。
少し装飾的な『LIFE』とは対照的。
あまり良く書いていないが、
オザケンの滑舌が悪い感じ、
口が回りきってない歌い方は(どうも表現にトゲがあるな)、
男性ボーカルの中では好きな方である。

10月7日

映画「ニュー・シネマ・パラダイス」

幼年期・少年期と、青年期がすこし乖離しすぎかなと思った。
30年間も一人の人を思い続けることが出来るのだろうか?
私にはどうも不自然に思えてならない。
私がまだ若いからそう思うのだろうか。
30年、一人の人を思い続けるようなトトには、
帰る場所はシチリアしかないだろう。
結末へ至る展開は納得のいくものだった。
トトは大人になりきれずに初老を迎えたと言えると思う。
トトがもうちょっと精神的にもろくてもいいと思う。
エンニオ・モリコーネの美しい音楽で始まる導入部と、
ラストが良かったので不満はない。
(ていうか、不覚にも涙が出てしまった)
ただ、「名作」とか、「各賞総ナメ」といった評判を受けて
過度な期待をして見ていなくて良かったと思った。
古い映画についてもっと知っていれば楽しめたんだろうなぁ。
「かわいいっ」と思いながら見ていた、
トトの子供時代を演じたサルヴァトーレ・カシオが、
私と同い年(79年生まれ)と知ってビックリ。

10月6日

映画「蝶の舌」

「衝撃のラスト」と紹介されていると思うが、
人が死ぬとか、「ユージュアル・サスペクツ」のような
どんでん返しがあるわけではない。
自分の中で、今、目の前で起こっている事実を
うまく消化しきれていないモンチョの様子を
ラストのモンチョの言葉がとてもうまく描かれている。
モンチョの言葉のあと、ほとんど余韻も残さず
エンディングとなるのも間延びせずいい。
モンチョの傷つきやすい様子も魅力的。
モンチョを演じるマヌエル・ロサノがかわいい。
アンドレスと中国人女性とか、モンチョと蝶の舌とか、
恋心や感動が胸の内にあると、人は素直になる。
ピュアな感情にあふれていて、
見ているこちらの心まで純化してくれそうな気がする。
ラストを満喫するため、予告とか公式サイトとかから
情報を入れないで見たほうがいい。

10月5日

マンガ「Kiss の事情」(海野つなみ)

一話一話が完結しながら、それぞれの登場人物がつながっている
読み切り連載という形がとても面白くて好きだ。
登場人物が魅力的に描かれていて、
それぞれの話がしっかりしているので、
第2話だけ読んだりしても楽しめる。
1話目の「the kiss of life」は、予想通りの展開で安心できるラスト。
3話目の「花」もいいが、
(3話目の主人公青山くんは、5話目の「夏の日」にも登場する)
一番のお気に入りは4話目の「少年人魚」。
葛西先生のキャラクターがとても魅力的。
ちょっと世間知らずな純朴さに、読んでいて切なくなる。
葛西先生はほんとうにいいキャラです。
ロングの時の3枚目の感じと、
アップの時の2枚目の感じの描き分けもいいし。

10月3日

映画「魚と寝る女」

やや猟奇的なリアルすぎる恋愛、
岡崎京子の暴力的なマンガ。
これらが好きな人は気に入るかも知れない。
主役のソ・ジョンが一言もしゃべらないところが、
猟奇的な印象を強めている。
聴覚障害者かと思うくらいに話さない。
目の力がとても引き立っている。
私は基本的に血が流れる映画はあまり好きではない。
ただ、この映画に「金返せ」と言いたくなるようなことはない。
自分勝手に振る舞うことの痛々しさが描かれているからかもしれない。
自分勝手な振る舞いは相手を傷つけ、自分自身も傷つける結果になる。
しかし、血を流す以外に「生」の生々しさを表すことは出来ないものか。
映像に対する音楽の選択も気になった。


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