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NY旅行記



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8月14日8月15日8月16日8月17日

2003/8/10 アメリカ入国 
9日から夏休みで、 
9日発のチケットを取りたかったのだが、 
キャンセル待ちしてやっとの思いで、 
10日17:55成田発のAA168便をゲット。 
結果的には台風接近中の9日に 
出発せずに済んだのだけど。 
2度目のNYで緊張感が薄れ気味。 
国際キャッシュカードと 
クレジットカードがあるしと、 
成田で両替したのは200ドル。 
飛行機の出発までロビーで暇つぶし。 
定刻通りに飛行機は成田を出発。 
私の座席は窓側。 
好きな人もいるけど、 
私は移動が楽な通路側が好き。 
クラスはエコノミーだから、 
移動するたびに隣に気を遣う必要が。 
いつものことだけど、 
飛行機の中って乾燥してて喉渇く。 
機内では持ち込んだ水を飲んでばっかり。 
飛行機は無事にJFK空港に到着。 
空港からマンハッタンまでは地下鉄。 
地下鉄の駅まで無料シャトルバス。 
このシャトルの運転がすごく荒い。 
車酔いしそうに。 
駐車場をぐるぐる回りながらで、 
駅に着いたときはすこし衰弱気味。 
A線に乗ってマンハッタンへ。 
ブルックリンを横切りちょっとした距離。 
プラスチックの堅い椅子は 
座り心地よくない。 
50 Stまでの約50分がすごく長い。 
ホテルは50Stにあり、駅から近い。 
ホテルにチェックインしたのが19時過ぎ。 
近場のレストランで食事を済ませ、 
ドラッグストアで歯ブラシなど購入し 
(備え付けられていない!)、 
その日は就寝。  

2003/8/11 MoMA 
現在MoMAはマンハッタンの本館が改装工事中で、 
企画展はクイーンズの別館で開催中。 
クイーンズを訪れるのは初めて。 
地下鉄が地上に上がるのが、 
マンハッタンを出たのを実感させる。 
周りはさほど栄えた感じではなく、普通の街。 
マンハッタンの中心が特別なのだろう。 
企画展はAnsel AdamsとMax Beckmann。 
Ansel Adamsは、広大な自然の写真を 
たくさん撮っていて、 
ヨセミテなど、アメリカの自然が好きな人は 
楽しめると思う。 
私は山々や森林の写真よりも、 
枯れた大木の写真に興味がいった。 
なぜ、この枯れ木を選んだのだろうとか、 
彼の意図が自然の写真よりも 
強く込められている気がして引かれた。 
Max Beckmannは、時代によって 
作風が変わっていく様子が 
バラエティに富んでいて面白かった。 
パリの美術学校を卒業してすぐの頃は 
19世紀的な作品。 
1910年以降の彼の作品は、 
ピカソやホッパー、ピカビアなどの 
影響を感じさせる作品に。 
色彩鮮やかな作品が目を引く。 
ナチス台頭で、ドイツを離れた晩年の作品は 
黒人的、民族的な絵に。 
線が太く、原色を多用し、 
色彩はさらに鮮やかに。 
現代美術が好きな私は、 
離独前の作品が気に入った。 

2003/8/12 Ahmad Jamal 
夕方まで美術館2軒。 
International Center of Photography(ICP)と 
Guggenheim Museum。 
ICPの企画展は、『不思議の国のアリス』の作者 
ルイス・キャロルの写真展。 
もちろんそればかりではないのだが、 
やはり彼が写した少女の写真の数々が 
とても印象的だった。 
有名なアリス・リデルを写したものも数点。 
写真はもちろんすべて着衣なんだけどとてもH。 
それは、ルイスの写真を通して、 
そのモデル達がルイスに所有されているような 
そんな感じを受けるから。 
所有という言葉に語弊があるとすると、 
大きな信頼を寄せられているとか、 
ルイスの愛を少女が受け入れているとかそんな感じ。 
そしてもう一つ、キューバの写真展。 
国交のないキューバの写真が 
展示されるのはアメリカではとても珍しいことだと思う。 
Niurka Barrosoが撮った 
"The New Middle Class"以外は 
荒廃した建物や土地を写した作品が多くて 
「アメリカに反発しているキューバは長くない」 
といった政治的なものも感じた。 
前述の写真も「以前の栄華は…」みたいな感じで 
あまりポジティブでない。 
「どっこいキューバも頑張っている」みたいな写真は 
アメリカでは見られないのだろうか。 
Guggenheim Museum は、企画展が3つ。 
「From Picasso to Pollock」と題された 
所有作品の中から現代美術をまとめたものと、 
カンディンスキーの水彩画展と 
カジミール・マレーヴィッチの個展。 
私はマレーヴィッチをここで初めて知った。 
"Suprematism"と副題がつき、 
円や四角形など幾何学的な抽象画が中心。 
ソ連にもこうした抽象画家がいたことに 
この頃の美術界の国際化した動きを感じる。すごい。 
すごく西洋的、いや、ここまで 
ストイックなほどにシンプルなのは 
逆にソ連的なのかもしれない。 
西洋的なものを感じるのは確かで、 
ソ連政府がこうした現代美術の動きを 
快く思わなかったのは分かる気がする。 
アーマッド・ジャマルのステージが 
51 St のIridium Jazz Clubで20時から。 
30分前に入店し席に着く。 
注文したカルボナーラスパゲッティは 
そんなに美味しくない。 
ジャズクラブのご飯としては普通かも。 
テーブルチャージと音楽へのチャージで 
確か40ドルくらいかかり、 
私はチップ含めて全部で72ドル払ったのは覚えてる。 
アーマッド・ジャマル、30分ほど遅れて登場。 
ステージの感想は、「本物!」って感じ。 
23時代にもう1回ステージがあって、 
アンコール無しで1時間半くらいだったこともあって 
時間があっという間に過ぎた感じ。 
はっきりと知ってる曲がなかったんだけど、 
ドラムやベースとの一体感(トリオ編成)に 
ステージ慣れしてるプロを感じた。 
すごいなと思ったのはドラム。 
やや前衛的なアグレッシヴなピアノが 
前衛的になり過ぎないように 
リズムを保ってたのはドラムだったと思う。 
ドラマーの名前を聞き取れなかったのが残念。

2003/8/13 MCNY 
ニューヨーク市立美術館(MCNY)と 
ブロンクス動物園と 
ホイットニー美術館訪問。 
MCNYにはブルックリン橋など 
ニューヨークを描いた作品がたくさんあって、 
(多分)そこそこ有名な画家が 
ちゃんとこの街を愛して 
この街の風景を作品にしているのが羨ましい。 
もっと東京も描かれるようになってほしいと思う。 
企画展は"ROARING INTO THE TWENTIES: THE NEW NEW YORK WOMAN"。 
ニューヨークの女性の社会進出がテーマ。 
ドレスやカツラなどが展示されてるコーナーを進むと 
スーツとか制服などが展示されている。 
女性のスーツとか制服にそれまで取り立てて 
思うところなどなかったのだが、 
言われてみれば、女性が社会進出するまでは 
スーツも制服も社会上不要だったことに気付かされる。 
他にも、選挙権運動のペナントなど 
いろんなものが展示。 
読み込んでいけばいろいろ面白いのだろうけど、 
それが出来ない自分の英語力がはがゆい。 
少し遠出がしたくなって、 
新しく虎が飼育され少し話題になっている 
ブロンクス動物園へ。 
レッサーパンダ(レッド・パンダ)を 
すごく久しぶりに見た感じ。 
虎もどこかで見ているはずだけどもう覚えてない。 
知識としては知っていても、 
動物を実際に見る機会って 
この年齢になるとほとんどなくて 
こういうのも面白い。 
ただ、この季節の動物園は 
見ている我々も暑くて大変で、 
動物たちも暑くて大変で 
見物にはあまり良くないかも。 
レッサーパンダも結局背中しか見ていない。 
とにかく広いので移動が大変。 
動物もオリというよりも、柵が打たれた 
小さな牧場で飼育されている感じ。 
場所がゆったり取ってある。 
園内にケーブルカーが走っていてこれが良かった。 
Skyfariというそのケーブルカーに乗ると、 
動物園を一望できる。 
下には山が一つある感じ。とても広い。 
高いので遠くの方もよく見えて眺めは良い。 
ホイットニー美術館では 
企画展"The American Effect"が良かった。 
ここは今勢いがある新進美術家に 
他よりも発表の場を与えていると思う。 
日本ではなくアメリカで 
天明屋尚ややなぎみわを知ったのが悔しい。 
天明屋尚は浮世絵っぽい絵で 
ブッシュなどを皮肉っており、 
「日本だってアメリカに追随してるばかりじゃないぞ!」 
と日本人として言いたいことみたいなのを感じた。 
海外の作家で目に付いたのはSaira Wasim。 
"Friendship After 11 September" 
と題された作品では 
ブッシュとムシャラフが抱き合っている。 
アメリカが提示するアメリカを頂点とした秩序が、 
冷戦後の現在の世界を秩序付ける 
唯一のものであるはずがなく、 
アジア人が考える平和って 
もっと世界に発信されてもいいと思う。 

2003/8/14 Blackout 
お昼過ぎにthe Museum of Sex(mosex)。 
日本語に訳すと「セックス博物館」。 
アメリカの性文化を18世紀末から年代順に楽しめる。 
性は人と人との間でなされることであり、言ってみれば社会。 
当時の社会に興味があればより楽しめる。 
18世紀末に売春婦が顕在化してきたことと 
女性の社会進出って関係あるだろうし、 
(結局は金を稼げるのなら女だろうと稼いでこいといった、 
資本主義が高度に発達した影響があるのだと思う) 
性と政治を語る上で欠かせないコムストック法も 
この後の展示で当然出てくる。 
コムストック法は猥褻文書の規制法で、 
猥褻文書の収集家の死後、 
当局によってそれらが処分される写真が展示されていた。 
興味を覚えたのはメディアの発達。 
性行為を撮影したフィルムを上映していてその撮影年は1920年。 
コダックがアマチュア用フィルムを 
本格的に作り始めるのは1923年からとのこと。 
その前から撮影している人がいて、 
そのフィルムが現存しているのだ。 
家庭用ビデオが1980年代中頃から普及しはじめ、 
「Deep Throat」(1972)というポルノは、 
最も売れたホームビデオの1つである。 
安価で手軽なポルノビデオが普及することにより、 
タイムズスクエアは大きな打撃を受けたし、 
家に持ち込み女性の目に付くことにより、 
女性がポルノに言及するようになったらしい。 
ポルノがこうして普及する前は、 
性産業においてストリップは大きな位置を占めていた。 
ストリップはその劇場に行かないと観ることが出来ないので、 
有名さはローカルなものだが、 
ポルノビデオの登場によってポルノ女優は、 
地域をまたいで人々に知られるようになった 
という話は「なるほどね」と思った。 
あと印象的だったのは、同性愛に対する態度。 
同性愛というコーナーが出来てしまうのは 
まだまだ特別だという意識があるのかもしれないけど、 
日本に比べればすごく寛容だと思う。 
同性愛者の運動もいろいろあったようだし、 
ある程度の市民権と理解は得ているみたい。 
mosexを出て、Paul Frankで服を買おうと思いSOHOへ。 
Spring St駅を降りてお店が見つからない。 
駅周辺をウロウロ。 
服屋さんがセールやっててそれをただ覗くのが楽しい。 
Atriumの電気が消えている。 
あれ、どうしたんだろう。 
Atriumは、セレクトショップ。 
SHIPSが好きな人は好きだと思う。 
(BroadwayとBond Stの交差点にあります) 
日本人好みする店で、日本人客が多い。 
Expressってアメリカ人に人気のあるブランドだけど、 
あまり日本人好みではない感じ。 
自分好みの服が揃ってるお店って意外と見つからない。 
Atriumの電気が消えている時点では停電だと気付かず。 
街の信号機が消え、人や車の動きが少し混乱し始め気付く。 
地下鉄の入口が封鎖され利用できない。 
この時情報が全くなく、SOHOの局地的な停電だと思っていた。 
北に移動すれば電気が復旧しているだろうと思い、 
バス停でバスを待つも、バスは既に満員で通過。 
ユニオン・スクエア(14th St)まで歩いてみることにする。 
こういう状況ではタクシーも掴まらない。 
手を挙げてる中東系の人を中東系の人が乗せてあげて 
ヒッチハイクが成立したり、 
こういうときって民族的なつながりって大きい。 
一方で年配の白人女性が1ドル札ちらつかせて 
ヒッチハイクしてるのが対称的。 
「こういうことするから白人は嫌われるんだよ」と 
思わず心の中で毒づいてしまう。 
ユニオン・スクエアも停電。 
人がたくさん集まる場所だけあって、 
SOHOよりも混乱ぶりが大きい気が。 
これはニューヨーク全土が停電なのかもしれない。 
そうだとしても、大きなビルには 
自家発電装置があるかもしれない。 
そう思い、エンパイア・ステイト・ビル(34th St)へ。 
エンパイア・ステイト・ビルも入口が封鎖。 
これはすごい一大事なのではと気付く。 
こういったとき、トイレで混乱するだろうと反射的に思い、 
入口の係員にトイレを借りれないか頼んだが、 
「入れない」との答え。 
(後からニュースで知ったが、実際この停電で 
トイレは混乱したらしい) 
アメリカには公衆トイレがほとんどなく、 
お店が封鎖していると、日本以上にトイレに困る。 
同時に水の値段も上がるだろうと、 
露天商からミネラルウォーター(1L)を買ったのだが、 
値段が2ドル。ドラッグストアの倍。 
最終的は別の店で3ドルまで上がっていた。 
北上の目的の第一をトイレの確保とし、 
市立図書館隣のブライアント・パーク(42th St)へ。 
ここのトイレも閉鎖。 
ここまで歩いてしまうと、 
ホテル(50th St)まで歩こうという気になる。 
ホテルへと向かうことにする。 
ホテルに着いたのが6時過ぎ。 
直線距離で約2.4kmの道のりを2時間かけて歩いた。 
ホテルに着いて不安だったのが部屋に入れるかということ。 
カードキーは機能するのだろうか。 
ロウソクが置かれたフロントで部屋に入れるか訊ねる。 
カードキーを持ってれば入れるとのこと。よかった! 
フロント奥の階段は螺旋状になっていて、 
1階から2階にかけて窓がない。 
2階の窓から明かりが差し込むまで真っ暗。 
壁をつたいながら1段1段上る。 
2階まで上るとそこからは階上の窓明かりで 
なんとか上っていける。 
部屋のある4階にたどり着く。 
日の長い夏でほんとによかった。 
しかし、そこから先、部屋までが奥まっていて暗い。 
部屋の配置を必死に思い出す。 
私の部屋は奥から2番目だったはず。 
なんとか部屋の前にたどり着き、 
カードキーを裏返しに入れたりしながらも、 
ドアを開け、なんとか部屋へ。 
部屋に入り、カーテンを開け窓を開ける。 
トイレが使えるかを確認する。使える。よかった。 
水道もちゃんと使える。 
(電動ポンプを使えるホテルは使えなかったらしい) 
歩いてきた疲労感、部屋に着いた安堵感でバタンキュー。 
シャワーを浴びずに就寝。 
クーラーが使えなかったので、 
ドアチェーンをかけてドアを少し開けていた。 
(風が通り、クーラーなくても過ごせた) 
外の声が聞こえてくる。 
午後9時頃日本人の女の子2人組がホテルに戻ってきて、 
自分の部屋が分からず騒いでいる。 
こうなることは想像できただろうに、 
こんな遅くまで何してたんだろう。 
自己管理が悪くて助けてもらってる姿って見苦しい。 

2003/8/15 帰国の予定だった 
今日は帰国の日。 
目覚まし時計が使えない状態で 
ちゃんと起きられるのだろうか。 
緊張していたせいで朝5時前に目覚めてしまう。 
7:30に空港までのシャトルがホテルに迎えに来るのだ。 
今日は飛行機がちゃんと飛ぶのだろうか。 
それを確かめるべくアメリカン航空と 
JFK空港に3回ずつ電話をかける。 
全くつながらない。 
変更の利かない格安航空券だけに、 
これでもし飛んでいてその後変更が利かず 
チケットがムダになってしまったら。 
空港が動いているか、何とか情報を得なければ! 
パトロール中の警察官に訊ねるも知らないとの答え。 
テレビ局のクルーらしき人に訊ねたら「動いてる」との答え。 
タイムズスクエアの信号機も復旧し始めた。 
空港に行かなければ! 
荷物をまとめ、外へ出る。 
タクシーをつかまえるべく街の中心42th Stへ。 
幸運にも客を降ろしたばかりのタクシーが目の前に。 
急いで駆け寄って乗り込む。 
ドアを開け、荷物を入れ、空港まで。 
乗ってすぐに言われた料金55ドルは高いが仕方ない。 
空港へ向かう車で少し道が混んでいる。1時間かかった。 
空港に着き、タクシー乗り場で降りる。 
辺りはすごい列。入口から長い列が続いてる。 
係員が大きな声を出している。 
「空港は閉鎖してます!」 
Oh! タクシーの運転手にも空港は動いてるか訊いたのに。 
残っている現金は20ドル。これではタクシーに乗れない。 
ここで野宿するしかないのだろうか。 
屋根のある場所を確保したほうがいいのかもと 
空港のロビーに向かう。 
ATMは使えないし、公衆電話はすごい列。 
椅子に座り、落ちているタブロイド紙に目をやる。 
やっと停電の概要がつかめた。 
カナダの一部まで含む停電で、私が思っている以上だった。 
テロではないことも知り、 
(そんな心配してなかったけど)ほっとした。 
ここで夜を明かそうかと思ったが、 
昨夜の真っ暗闇を思い出し、 
またこのロビーに日本人らしき人が一人もいないことに気づき、 
(日本人はここにいると危ないと察して移動したのでは) 
そう思い始めると「何とかしてここから動かなければ」 
という思いが強くなってくる。 
空き部屋があるかわからないし、 
今の所持金では空港近くでホテルを探すのは無理がある。 
チェックインしてしまったが、 
泊まってたホテルに戻るのが一番よいだろう。 
さて、マンハッタンまでどうやって戻ろうか。 
タクシー乗り場にいる人たちに 
「タクシーをシェアしませんか」と声を掛けることも出来ず、 
タクシー乗り場近くをうろついていたら、 
マンハッタンまで13ドルのシャトルがあることを知る。 
よかった!これでなんとか戻れる! 
チェックアウトしたホテルにまた泊まれるか 
少し不安はあったが無事マンハッタンへ。 
1回の旅行でJFK空港からマンハッタンまでの 
主要移動手段、地下鉄、シャトル、タクシーを 
全て経験するなんてありえない。 
ホテルでは無事連泊することができ、 
部屋を荷物に置いて一安心。 
マンハッタンに戻ってきた12時過ぎには 
ほとんどの信号機が復活していて、 
信号機が復活して拍手が起こったりしていた。 
飛行機が飛ばなかった今、 
私がしなければならないことは次の便の確保。 
アメリカン航空に電話したが、 
自動音声の応答の後、スタッフにつながらない。 
日本だったら、HISの場所とか分かっているが、 
NYでは、どんな旅行代理店がどこにあるのか分からない。 
タイムズスクエア中心を歩いてみるも、 
無駄に歩いてみても仕方ないと思い 
ホテルに戻ってフロントに相談。 
フロントの人にもアメリカン航空に電話してもらう。 
自動音声にはやはりつながる。それから待つこと数分。 
私が諦めて切った時間を過ぎてなお待つ。 
こんなに相手を待つものだとは知らなかった。 
やっとスタッフが応答。 
フロントと航空会社のスタッフのやり取り。 
半分くらいしか聞き取れない。 
よかったー、やってもらって。 
無事チケット確保。ほっ。 
今日と同じ時刻の日曜日の便。追加料金はかからず。 
これで大きく安心し、街中へ。 
ホテルからのシャトル会社とは連絡取れず、 
JFK空港からマンハッタンまで乗ってきた 
シャトル(会社が別)に乗ることを考え、 
そのシャトルの日曜朝の出発時刻を調べたり。 
この日はバスが無料だったのだが、 
積極的に動き回る気にはなれず、 
シャトルの時刻を調べがてら、 
ホテルからシャトル乗り場への移動の練習をしたり 
まだATMが不安定だったので、 
海外への送金を行っている宝くじ売場で 
(午後3時の時点では開いている銀行は見当たらなかった) 
日本円のドルへの両替をしてもらったり、 
飲み物を買ったり、身の回りを少しずつ揃えていった。 
ホテルに戻ると完全に復旧していて、 
ネットも使えるようになっていた。 
日曜日に帰ると家にメールを打った。

2003/8/16 帰国1日前 
急に降ってわいたフリーの1日。 
見てまわりたいところは既に見てまわってる。 
急にニューヨークっぽいことをしたくなり、 
エンパイア・ステイト・ビルに向かう。 
前回NYに行ったとき 
「自由の女神もエンパイア・ステイト・ビルも 
上ってないなんて」と母親に呆れられたのが頭にあった。 
エンパイア・ステイト・ビルは 
エレベータが復旧せず閉鎖したまま。 
いつ復旧するかわからないとのこと。 
したいことがなくなって、市立図書館でネット。 
Paul Frankのサイトにつないでお店の場所を確認。 
あとは自分のサイトの掲示板でレスしたり。 
地下鉄が復旧していたので(バスも有料運転に戻ってた) 
このあとSOHOのPaul Frankのお店をのぞくも、 
セール対象商品が少なくて、買わずにお店を出る。 
東京に数店舗あることを知り、 
NYで買う意味が薄れてしまってたのだ。 
そのあとはお土産を求めてマディソン街を歩いたり、 
タイムズスクエアでブロードウェイ沿いに 
たくさんの出店が立っていてそれを見てのぞいたり。 
テレビで「6時間動いてなかった冷蔵庫内の 
卵、牛乳、魚、肉は処分するように」という 
保健省からの通達が流れててこの日も食欲湧かなかった。 
昼ご飯は春巻きとか屋台の食べものを少しつまんで終わり。 
ちなみに朝食べたのはトマトソーススパゲッティ。 
ミートソースは少し危ない気がして。 
ソースが水っぽくて、美味しくなかった。 
昼過ぎからは今まで行ったことなかった 
アッパー・ウエスト・サイドの方へ。 
タワーレコードやバーンズ・アンド・ノーブルへ。 
アメリカ盤の値段が日本とほとんど変わらなくて、 
CD買うつもりで入ったのに買わなかった。 
日本のデフレってすごく進んでるのかも。 
バーンズ・アンド・ノーブルでは 
私の英語力で読めて面白そうなのが見当たらなかった。 
リンカーンセンターの映画館では並んでる人が結構いたし 
街はすっかりいつも通り。 
前の日の夜にシェア・スタジアムで行われた 
メッツ戦もお客さんがかなり入ったみたいだし。 
夕飯を食べに出歩いたときに寄った紀伊國屋書店に 
朝日新聞と読売新聞があって 
どちらも停電を1面で大きく取り上げられていて、 
あくまでアメリカの国内ニュースだと思ってたから、 
あらためて自分が遭遇したことの大きさにびっくり。 

2003/8/17 帰国 
昨日の昼にもともと使う予定だった 
ホテルからのシャトルに連絡を入れたら、 
出払っていて今日は車を出せないということで 
金曜に使ったシャトルでJFK空港へ。 
地下鉄は座席堅いし、 
タクシーは高いし運転手と2人きりって居心地悪いし、 
私はシャトルがいちばん好き。 
7:40出発が10分遅れで出発し、空港へ。 
8:30過ぎに空港に着く。 
空港に着いてすぐ、日本人の一団に 
日本人係員が話しかけている。 
11:30の便が14:00に変更になったとのこと。 
リコンファームが不要とはいえ、 
航空会社のサイトで出発時間を確認するくらいは 
したほうがいいなと痛感。 
ぼーっとしてても仕方ないのでチェックインに並ぶ。 
早く来た日本人たちのせいもあって、 
チェックインの列は長蛇の列。 
1時間半かかってやっとチェックイン。 
カウンターで予約番号を言って、 
今日に振り替えてもらったチケットを発券してもらう。 
右下に「Business」の文字。 
Thank you, Debra! 
荷物を預けたのが10時過ぎ。 
どこか出掛けるにしても13時にはロビーにいないと。 
そう考えるとすごく中途半端で、 
空港からハワード・ビーチは近いみたいだけど、 
あまり天気のよくない日に海を見てもなぁ。 
しかもバスの本数少なそうだし。 
という訳で空港内でひたすら暇つぶし。 
(正規のビジネス客には空港内のラウンジのチケットが 
チェックインの際に渡されるらしい) 
時間が来てようやく搭乗。 
エコノミーより早く乗れるのとかこういった待遇も嬉しい。 
ビジネス客だけにアメニティが配られたり、 
(機内を歩くソックスやアイマスクが入ってる) 
テーブルを倒していても、 
隣の乗客がテーブルと前の乗客の背もたれの間を通れるとか、 
ビジネスクラスってぜいたく。 
昼食は洋食か和食で私は和食を選択。 
ちゃんとメニューが用意される。 
メインディッシュはうなぎでその他にもお寿司など。 
松花堂弁当+お寿司って感じ。 
すっかりビジネスクラスを満喫した私だが、 
正直なところ私には贅沢すぎると思ったし、 
自分のお金では乗る気しないなぁ。 
日本に着いたのは日本時間18日16時過ぎ。 
当然、18日は会社を休みました。 
事前に親に頼んで連絡してもらったので 
特に問題はなかったけど。 



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