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8月22日

小説「ホテルカクタス」(江國香織)

作中にたくさん挿入されている挿画がとてもきれい。
本屋で手に取ってみれば、気に入ると思う。
この挿画を描いているのは佐々木敦子さん。
話はホテルカクタスという名前のアパートに住む
帽子と、きゅうりと、数字の2の話。
主人公の設定がとてもメルヘンチックで、
(この本を「大人向け童話」と紹介している人もいる)
最初は「何これ」と思ってしまうが、
この設定がなかなか面白い。
数字の2が「のびのび―まるで、数字の1のような格好になって―眠りに落ち」る
描写は読んでいて笑みがこぼれてしまう。
2のお父さんが14で、お母さんが7で、
割り算をして2が生まれたという考えが浮かぶ
江國香織の発想力には感服。
p150の短い話で、とても読みやすい。
「もっと長く、この作品を楽しみたいのに」と後悔したくなるほど。

8月21日

日記「二十歳の原点」(高野悦子)

学園紛争のさなか立命館大学の学生だった高野悦子が
自殺の前日までその日に起こった出来事、思っていること、詩などを
書き綴ったノートを出版したもの。
1969年の1月2日から6月22日までのものが収められている。
常に何かについて考え、自己を見つめていたことが文章から伝わってくる。
いろいろなことを考えさせられるので、
特に自分の生活が単調だなと思う若者は読むべし。
大学紛争と無縁の学園生活を送っている私には
彼女は深く考え過ぎだと思うようなところもあるけど。
大学3年に進級するも、大学の様子に失望して授業料を払わないとか。
5月28日の個所にこんな一節がある。
「現在の資本が労働力を欲しているが故に、
私は、そして私たちは学力という名の選別機にのせられ、
なんとなく大学に入り、商品となってゆく。
すべては資本の論理によって動かされ、資本を強大にしているだけである」
このころ既に、大学が研究機関ではなくなっていて、
彼女が何故大学に行くのかを自問しているのがよくわかる。
資本主義というシステムは自分の能力、
アイディアをお金にすることが出来るシステムである。
このシステムを受け入れ、自分のやれる範囲で頑張ってお金を得て、
仲間に出会い、幸せな生活をすればいいと、私は思ってしまう。
普通の人が汗水垂らして働いてるのを尻目に
銀行などの巨大資本はキーボード上の操作で、
普通の人の年収以上の利益を上げることもできる。
でも、普通に貰う賃金で私たちは生活していけるわけで、
「他がどれだけお金を稼いで入たっていいじゃん。
私は今の生活を楽しんでる」と現状を楽しまないと。
上を見ればキリが無いのもわかるけど。
学園紛争、70年安保など、デモが盛んだった当時は
人々が結集すれば世の中を帰ることができるという思いがあったんだろうなぁ。
このころの時代背景を掴んでいないと、上手く読み取れない個所もある。
この日記を読んでいると、内省的になる。
例えば、積極的に本を読もうとしてる個所。
5月8日にスキー道具一式を売って、『資本論』を買おうと決意している。
詩集とかマルクスとかを読んで、自分を武装したいのだと思う。
今の自分を正当化する言葉とか理論に出会いたくて
本を読んだ経験が私にもある。
自殺した動機の一つにバイト先の男性に対する恋心があると思う。
男性と今一つ仲良くなれず、そんな状態を打破すべく、
その人との決別を宣言するところとか、気持ちはわかる。
相手に嫌われる前に、自分からその人に対する態度を決めたいんだと思う。
恋の悩みだけが原因ではないが、彼女に恋人がいれば自殺しなかったと思う。
恋人がいれば自分にももっと自信を持てたと思うし。
この本を読んで自分の他者に対する態度とか、
これから社会に出ることについてとか、いろいろ自問した。
面接で積極的に明るくならなきゃいけないのに、
最近の私はすごく内省的。
ビックリしたのは、1969年の朝日、毎日の縮刷版を見ても、
この自殺について全く載っていないこと。
京都の新聞には載っているのだろうか。
人が一人自殺しても、ニュースにもならないのね。

8月18日

マンガ「エンジェリック・ハウス」(安野モヨコ)

白地に赤い文字でタイトルが書かれた背表紙にまず引かれた。
21世紀後半の世界から1997年の日本にハルという男の子がやってくるという話。
ハルは音楽を一般市民に聴かせたということで無期懲役に処され、
刑務所から1997年の日本に自作の曲を持って脱走してきた。
人間の思考能力を呼び覚まさせ、人間たちをコントロールすることに
悪影響を与えるということで、21世紀では音楽が禁止されている。
20世紀の人間たちが好き勝手し過ぎたという視点で
未来を描いたマンガは少なくない。
そして、そうした人間の欲望を抑制しようと
人間たちが強い自己規制を敷き、未来が管理社会になると
描いたマンガもこれまでにあった。
こういう風に未来を描くと、社会に警鐘を鳴らすような姿勢が映るものだが、
内容がとてもマンガ的で、自分が置かれている世界と対比して読む気にさせない。
手塚マンガなどだと、こういうのがとてもシリアスになり、
読んでいていろいろ考えさせられるのだが。
こういう風に管理された社会が実際にあったらとても怖いはずなのに。
ハルの作品を発表するために、
さえない高校生滝沢柊志が利用され翻弄されてる様子や
ハルの音楽に全ての人々が洗脳されたように魅了される様子とか
コミカルで、話を深刻なものにさせない。
レビューを書くためにこのマンガを数回読み返したが、
最初に作品から伝わってくる印象はコミカル。
その後だんだんと薄気味悪く現代の矛盾が伝わってくる。
安野モヨコ自身、「未来のために地球を守らなきゃ」と
作品にメッセージを込めたり、
欲望などを通して人間を正視するといったことを
避けたかったのかもしれない。
私は何度か読み返しても、結局、ハルの目的がよくわからなかった。
安野モヨコのギャグが好きな人には、
カリスマ作曲家になっても相変わらずいじめられる柊志の様子とか
「安野節全開!」って感じで楽しめると思う。

8月17日

小説「すいかの匂い」(江國香織)

小説を全く読まない中学生の妹に読書感想文用に薦めた作品。
(結局読もうとしなかったが)
20ページ程度の短編が11本収録されていて、まず量的に読みやすい。
短編なので、「なつのひかり」のように話が複雑でない。
また、どれも女の子を主人公としていて、
妹の年齢に近くて読みやすいだろうと思ったのだが。
(私が中学の頃、「哀しい予感」とか吉本ばななを読む人が多かったが、
吉本ばななの代表作よりこれは読みやすいと思う)
この中で、特に私が好きなのが、「あげは蝶」と「はるかちゃん」。
「あげは蝶」は、「もと華族さん」を先祖に持つ、母親の実家に向かう途中の話。
新幹線の車内で、男の元から逃げて、
友達の元に転がり込もうと考えている女と出会う。
太腿にあげは蝶のシールを貼り、爪を長く伸ばし、
短いスカートをはいてガムを噛んでいる。
華族とは対照的な様子がいい。
この女の少し妖しげな感じとか、
江國香織はキャラクターを魅力的に書くのが巧い。
女に「一緒に来る?」と誘われるも、新幹線を降りることが出来ず
車内で女を見送るという話なのだが、
なぜこの話に引かれるかと言えば、家出にドキドキするけど
出来ない主人公の様子が、自分とよく似ているからだと思う。
「はるかちゃん」は、話の舞台、設定が好き。
はるかちゃんが住んでるような薄暗い団地が私の家の近くにあって、
どうもこういった世界に身近さを感じる。
母子家庭の友達が周りに何人かいたこともあって、
母親が働いていて、はるかちゃんが弟や妹の面倒を見ている様子とか、
話に入り込みながら読んでしまった。
おっとりした子と遊ぶ、あの時間がゆっくりと流れる感じ。懐かしいなぁ。
他にも主人公の家に下宿している「蕗子さん」の個性的な様子とか、
劇団員のお兄さんに興味を抱き、別れの瞬間そっとナイフで
彼の手を切りつけるときの様子とか(「焼却炉」)、
新しい小学校には「薔薇のアーチ」があると、
前の学校の友達に嘘をついたその後の展開とか、
前に挙げた2作以外の作品も楽しい。
短編だけど、話が尻切れトンボのようになってなくて、
きちんとまとまってる佳作が多い。

8月10日

小説「上海ベイビー」(衛慧)

中国本国で発禁処分を受けたことで知られている作品。
外国人男性との不倫、大胆なセックス、ドラッグなど、
年長者が「暗部」と見なしがちな、若者の刺激的な風俗を描いている。
読む前は村上龍のような感じかと思っていたのだが、
村上龍より読みやすかった。
刺激的な描写によって読者を興奮させるといった作品ではないと思う。
私は、マークとの不倫よりも、天天との愛がこの作品の主題だと思う。
(なのに、アイシャドウのキツイ女性と外国人男性の表紙など、
出版社は刺激的な部分を表に出して売ろうとしている)
主人公のココはマークと関係を持っているが、
それによって充実した時間を過ごしてはいるが、
精神的に満たされていない。
ココを精神的に満たしてくれるのは天天だ。
刺激的な生活をしていても、それによって全てが満たされるわけではなく、
普通の人同様、孤独に悩んだりしている。
刺激的な風俗の渦中にいる人たちを偏見を持った描き方をせず、
実は普通の人と同じように悩んでいることに焦点を当てている、
その視点は村上龍と似ているが、
主人公の悩んでいる様子、喪失感の感じの描き方は女性的だし叙情的だ。
訳文だからか、言葉の使い方に今まで読んだこと無いような新鮮さがあった。
作者自身が主人公に色濃く投影されてはいるが、
この小説をウェイ・ホェイの私小説として読まないほうがいいかもしれない。
この小説はとてもロマンチックで、リアルなものと相反する部分があるから。

8月3日

『MOONGLOW』(山下達郎)

"君と未来の日々めがけ 光る愛の矢を放とう"
キムタクがTBCのCMで歌っているのは
「愛を描いて―Let's Kiss the Sun―」。
このアルバムに収録されている。
(達郎のそれはコーラスもかっこいい。
竹内まりやとおぼしき声が聞こえるが
吉田美奈子以外の参加者がよくわからない)
(『GREATEST HITS! OF TATSURO YAMASHITA』にも収録)
「愛を描いて」以外にとくに私が好きな曲は3曲。
2曲目の『永遠のFULL MOON』は
この曲のライヴ音源を聞いたことがあるので、ライヴのイメージがある。
(もちろんここでの音源はスタジオ録音)
サビの"ねえ聞いてよ"の"ねえ"と問い掛ける感じと
"聞いてよ"の"よぉ"と言葉を置く感じが好き。
(これはもう、完全に私の好みの問題)
5曲目の「FUNKY FLUSHIN'」。
ボーカルの付き抜けた感じ(乾燥した感じ)は、
このアルバムの次に出されることになる
『RIDE ON TIME』への布石を感じさせる。
9曲目の「YELLOW CAB」。
「達郎と言ったらビーチボーイズ」みたく
達郎の白っぽいイメージしか知らない人に聴いて欲しい。
ベース、キーボード、エフェクトかかったボーカルとか、とてもファンク。
私は初めてこの曲を聴いたとき、
「スティーヴィー・ワンダーっぽいな」と思った。
達郎のファンクな一面に興味を持った人には
『ROCK'N FUNK TATSU』という編集盤がある。
ちなみに、このアルバムは私の生まれた1979年にリリース。



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